先月末、父が亡くなりました。
父の死は、悲しみというよりも、人は本当に死ぬんだという現実を突きつけられた出来事でした。
子ども5人が田舎に揃ったのは、気づけば40年以上ぶりでした。
久しぶりに並んだ兄弟姉妹の顔を見ながら、ふと「次は母の番なのかな。その時も全員そろうのだろうか」と口にしてしまいました。
けれど、言ってから思ったのです。
私たちももう若者ではなく、死に順番なんてないのだと。
人生は長いようで、過ぎてしまえば本当にあっという間。
だからこそ、楽しんだもの勝ちなのかもしれない。
認知症の母は葬儀には参列できませんでした。
葬儀のあと、子ども5人と孫たちで母の入所している施設を訪ねることにしました。
施設へ向かうのに、小舟をチャーターして海を渡りました。40分ほどだったでしょうか。
私は船の後部に座っていましたが、小舟なので海面が近く、手を伸ばせば海水に触れられそうでした。
兄弟姉妹全員で船に乗るのは初めてのことで、穏やかな海原を進む時間は不思議なほど静かで心地よいものでした。
兄は「海が荒れてくれたら面白いのに」と笑っていましたが、空はどこまでも青く、春の潮風が髪を乱していきました。
親がいない、子どもたちだけの空間というのもどこか不思議で、
「みんな大人になったんだな。親がいなくてもこうして船に乗れているんだな」
そんな思いがふっと胸に浮かびました。
港には施設の車が迎えに来ていました。
車いすに座る母の姿を見た瞬間、まだ親がいてくれたことに、思わずほっとしました。
一人田舎に残すのは忍びない気持ちもありますが、
住み慣れた場所で最後まで暮らすことが、母にとっていちばん自然で幸せなのだと、
その場に立つと不思議なほど納得できました。
母に別れを告げながら、父の死が教えてくれたことを改めて思いました。
それは悲しみではなく、「次は自分たちの番なのだ」という、
死に向かいつつある自分たちのこれからを静かに実感させられる重い気持ちでした。
「今をどう生きるか」
「誰と時間を過ごすか」
「何を大切にするのか」
父の死は、そんな問いを静かに置いていった気がします。